東京地方裁判所 昭和43年(ワ)15214号 判決 1970年9月07日
原告
上田嘉代子
ほか六名
被告
株式会社田口春吉商店
主文
被告は原告上田嘉代子に対し金一九万五八一五円、原告上田充夫、同律子、同恵子、同利夫、同孝夫、同悦子に対しそれぞれ金三万一九三九円およびこれらに対する昭和四四年三月一六日以降完済まで年五分の割合による金員の支払いをせよ。
原告らのその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを一〇分し、その九を原告らの、その余を被告の、各負担とする。
この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、かりに執行することができる。
事実
第一、請求の趣旨
一、被告は原告上田嘉代子に対し四二四万三四二三円、原告上田充夫、同律子、同恵子、同利夫、同孝夫、同悦子に対しそれぞれ九七万八五四四円およびこれらに対する昭和四四年三月一六日以降完済まで年五分の割合による金員の支払いをせよ。
二、訴訟費用は被告の負担とする。
との判決および仮執行の宣言を求める。
第二、請求の趣旨に対する答弁
一、原告らの請求を棄却する。
二、訴訟費用は原告らの負担とする。
との判決を求める。
第三、請求の原因
一、(事故の発生)
訴外上田冨夫は、次の交通事故によつて死亡した。
(一) 発生時 昭和四三年七月一四日午後四時三〇分頃
(二) 発生地 東京都足立区梅田六丁目三四番二号先路上
(三) 加害車 普通貨物自動車(練馬四も四一七一号)
運転者 訴外 藤森実
(四) 被害車 足踏式自転車
運転者 亡冨夫
(五) 態様 右折中の被害車に後方から来た加害車が衝突して被害車が転倒。
二、(責任原因)
被告は、加害車を保有し自己のため運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により本件事故によつて生じた原告らの損害を賠償する責任がある。
三、(損害)
(一) 葬儀費等 二一万一七五五円
原告嘉代子は、亡冨夫の事故死に伴い、右金額の出捐を余儀なくされた。
(二) 医療費 一万五七五〇円
原告らは、亡冨夫の死亡に至るまでの間の医療費として、右金額を要した。
(三) 被害者に生じた損害 七三〇万六七〇〇円
(1) 亡冨夫は、仏具商石井康雄の下請として木工作業に従事し、月額八万円を得ていたから、同人が死亡によつて喪失した得べかりし利益は、以下の計算により、右のとおり算定される。
(生年月日) 大正三年五月二四日
(稼働可能年数) 六七才まで一三年
(収入から控除すべき費用)
月額経費三〇〇〇円、生活費一万五〇〇〇円の
計一万八〇〇〇円。
(毎年の純利益) 七四万四〇〇〇円
(年五分の中間利息控除) ホフマン複式(年別)計算による。
(2) 原告らは亡冨夫の相続人の全部である。よつて、原告嘉代子はその生存配偶者として、原告充夫ほか五名はいずれも子として、それぞれ相続分に応じ、右賠償請求権を相続した。そしてその額は、原告嘉代子において二四三万五六三三円、原告充夫ほか五名においてそれぞれ八一万一八七七円である。
(四) 原告らの慰藉料 合計 四五〇万円
原告らがその夫であり、父である亡冨夫を失つたことによる精神的損害を慰藉するためには、原告嘉代子に対し一五〇万円、原告充夫ほか五名に対しそれぞれ五〇万円が相当である。
(五) 損害の填補
以上のとおり、原告らの請求額は、原告嘉代子において五二四万三四二三円、原告充夫ほか五名においてそれぞれ一三一万一八七七円となるほか、前記共同負担の医療費一万五七五〇円であるが、原告らは三〇一万五七五〇円の支払いを受けているから、このうち一万五七五〇円を原告ら共同負担の医療費に充て、残りを各相続分に応じて各損害に充当した。
(六) 弁護士費用 一〇九万六〇三五円
以上により、原告らは合計九〇一万八四五五円を被告に対し請求し得るものであるところ、被告はその任意の弁済に応じないので、原告らは弁護士たる本件訴訟代理人に取立てのため訴訟委任し、原告嘉代子においてその報酬として右金額を支払うべき債務を負担した。
四、(結論)
よつて、被告に対し、原告嘉代子は四二四万三四二三円、原告充夫ほか五名はそれぞれ九七万八五四四円およびこれらに対する訴状送達の翌日である昭和四四年三月一六日以降完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
第四、被告の事実主張
一、(請求原因に対する認否)
第一、第二項の事実は認める。
第三項の事実は知らない。
二、(抗弁)
(一) 免責
本件事故現場は、歩車道の区別のない幅員六・六米の道路であり、訴外藤森は、時速約四〇キロで加害車を運転中、先行する被害車に追い付き、これを追い抜こうとしてハンドルをやや右に切り約三米右後方に接近した瞬間、被害者は突然、何の合図もすることなく加害車の直前で道路横断を開始したため、右藤森はすかさず急制動の措置をとつたが及ばず、衝突するに至つたものである。
本件事故態様は右のとおりであつて、訴外藤森には運転上の過失はなく、事故発生はひとえに亡冨夫の過失によるものである。また、被告には運行供用者としての過失はなかつたし、加害車には構造上の欠陥、機能上の障害もなかつたのであるから、被告は自賠法三条但書により免責される。
(二) 過失相殺
かりに免責が認められないとしても、事故発生については、亡冨夫の過失も寄与しているのであるから、賠償額算定につき、この点が大幅に斟酌さるべきである。
第五、抗弁に対する原告らの答弁
弁論の全趣旨により抗弁事実を争つているものと認められる。
第六、証拠関係〔略〕
理由
一、(事故の発生および責任)
請求原因第一、第二項の事実は当事者間に争いがないから、免責事由が認められない限り、被告は本件事故による原告らの損害を賠償する責任がある。
二、(免責の成否)
〔証拠略〕によると、次の事実が認められる。
(1) 本件事故現場は、工場・住宅地域にあるほぼ南北に通じる歩車道の区別のない幅員六・六米の直線道路であるが、道路西側に電柱があるため有効幅員は五・八米となつている。
(2) 訴外藤森は、加害車を運転して右路上を道路西端から約三米の距離をとつて時速約四〇キロで北進中、同道上を西端から約二・三米の距離を置いて同方向に進む亡冨夫運転の被害車を約一一・五米先に発見、その右側を追抜こうとして接近した。
(3) そして、被害車の後方約七米に近ずいたとき、突然、被害車が方向を変えて道路を右に横切り始めたのを見て急制動の措置をとり、ハンドルを右に転把したが及ばず、道路東端から三・〇米の地点で衝突、さらに二・三五米進行し、四条のスリップ痕(最長九・二五米)を残して停止した。
(4) 亡冨夫は右のとおり自転車の方向を変えるに当り、あらかじめその合図をすることもなく、また後方の車両に対する確認もしなかつた。
以上の事実が認められ、〔中略〕他に右認定に反する証拠はない。
してみると、本件事故発生には、亡冨夫にも後方の安全確認を怠たるなど道路を横切るに当つての過失が認められるが、訴外藤森にも、さほど広くもない道路において十分道路左端に寄らないで先行する自転車を追抜くに当つては、あらかじめ速度を十分に落としたうえその動静に充分注意し、あるいは警音器を吹鳴して注意を喚起するなどの措置をとるべき注意義務があるというべきところ、これを怠つた過失があり、ために被害車の動きに即応した事故回避措置をとり得なかつたものとみられる。
従つて、訴外藤森に右過失がある以上、被告の免責の主張は
その余につき判断するまでもなく理由がない。
三、過失相殺
本件事故発生については、亡冨夫にも前記のとおりあらかじめその合図をせずかつ後方の安全を確認することもなく急に自転車の方向を変えて道路を横切つた重大な過失が認められるから、本件は賠償額算定にあたり過失相殺の適用されるべき事案というべく、亡冨夫の右過失と訴外藤森の前記過失を対比すると、その割合は亡冨夫の六、訴外藤森の四と評価するのが相当である。
四、(損害)
(一) 葬儀費用 八万円
〔証拠略〕によれば、亡冨夫の死亡により原告嘉代子は葬儀関係費用として少くとも金一八万五二五五円を出捐したことが認められるが、亡冨夫の前記過失を考慮すると、右金額が相当である。
(二) 医療費 六三〇〇円
〔証拠略〕によれば、原告らは亡冨夫の死亡に至るまでの間の医療費として一万五七五〇円を負担したことが認められるが、亡冨夫の前記過失を斟酌すれば、右金額が相当である。
(三) 逸失利益 一六七万六八九七円
〔証拠略〕によれば、亡冨夫は仏具商石井商店こと石井康雄の下請として木工作業に従事し、事故前数か月間には毎月定額八万円の収入を得ていたことが認められ、また右証拠によるとその経費としてのり代、電気代などに少なくとも月額三〇〇〇円程度を要していたこと、同人の同居の家族が原告充夫を除いた七人であつたこと、また同人は焼酎を好み、肝臓障害のため入院するほどであつたことが認められ、これらの事情を綜合して判断すると、右収入をあげるに必要な経費、同人の生活費は合せて右収入の四割程度と認めるのが相当である。また弁論の全趣旨(特に本件記録添付の同人の戸籍謄本)によれば、同人が大正三年五月二四日生れであることが明らかであるからその稼働可能なのは六三才までの九年間とみるのが相当であり、その逸失利益の現価は、複式(年別)ホフマン計算により年五分の割合による中間利息を控除して四一九万二二四三円と算定されるところ、同人の前記過失を斟酌すれば、右金額が相当である。
そして、右弁論の全趣旨によれば、原告らは亡冨夫の死亡によりその妻子としてその相続分に応じて右の賠償請求権を原告嘉代子において五五万八九六五円原告充夫ほか五名においてそれぞれ一八万六三二二円を相続したものと認められる。
(四) 慰藉料 合計一六〇万円
以上認定の諸事情ことに本件事故態様と結果、亡冨夫の過失割合等諸般の事情を考慮すれば、亡冨夫の死亡によつて原告らの蒙つた精神的損害を慰藉すべき慰藉料額は、原告嘉代子につき五二万円、原告充夫ほか五名につきそれぞれ一八万円とするのが相当である。
(五) 損害の填補
原告らが損害の填補として強制保険金三〇一万五七五〇円を受領済であることは原告らの自認するところであるから、これをまず原告ら共同負担の前記医療費六三〇〇円に充当したうえ、その残額三〇〇万九四五〇円を相続分に応じて原告らの各損害に充当すると、原告らの被告に対して請求し得る損害は原告嘉代子において一五万五八一五円、原告充夫ほか五名においてそれぞれ三万一九三九円となる。
(六) 弁護士費用 四万円
以上のとおり、原告らは被告に対して合計三四万七四四九円を請求し得るところ、弁論の全趣旨によれば、被告は任意の弁済に応じないので、原告らは弁護士である本件原告ら訴訟代理人両名にその取立のため訴訟委任し、原告嘉代子においてその報酬支払義務を負担したことが認められるが、本件事案の難易、前記請求認容額等本訴に現われた一切の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係ある損害として被告に負担さすべき費用としては、右金額が相当である。
五、(結論)
よつて、原告らの被告に対する請求は、原告嘉代子において一九万五八一五円、原告充夫ほか五名においてそれぞれ三万一九三九円およびこれらに対する訴状送達の翌日である昭和四四年三月一六日以降完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、九三条一項、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 倉田卓次 浜崎恭生 鷺岡康雄)